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『徒然草』がいま読むべき「最強のビジネス書」である理由

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「文化のハブ」「世の中の違う見方を示す存在」としての兼好さん

吉田:私も,⁠徒然草』の魅力を二本柱で感じています。

1つめは,兼好さんが「文化のハブ」になっていること。兼好さんは,⁠源氏物語』『枕草子』も好きで,さらに中国の古典にも目を通している。いろんなものを吸収している。それが,⁠徒然草』のはしばしに出ています。⁠ああ,ここは『枕草子』に影響を受けただろうな」という段がある。

そうしていろいろな文化から吸収したものを1つの作品として結晶化したのが『徒然草』⁠そして,その『徒然草』から,新しい文化が広がっている。そういう「文化のハブ」なんです。⁠つれづれなるままに書く」というフォーマット自体も,後世に残された遺産の1つ。

私も「ハブ」になりたいので,兼好さんがロールモデルです。私が学んだ古典を,講座でみなさんにお伝えする。そしたら,それを機に国文学の研究を志す高校生がいたり,句作に活かすという方がいたり。⁠人間の幅が広がるのかなと思って」と役者さんが講座にいらっしゃったこともあります。そういう現象を目のあたりにすると,自分も文化のハブとして,だれかのクリエイティビティに貢献できているのかなと思ったりします。兼好さんにはまだ及びませんが……。

沢渡:「文化のハブ」っていいですね。その意味で,徒然草ってさまざまな人のハブになりやすいコミュニケーションプラットフォームなのかもしれません。⁠徒然草 as an Infrastructure』みたいな!?(笑)

吉田:もう1つの『徒然草』の魅力は,世の中をどう捉えるかについて,示唆を与えてくれるところですね。ニーチェが「事実など存在しない。解釈があるだけだ」と言っているんですけど,解釈の重要性を見せてくれるのが『徒然草』だなと。なにかあった時に,どう捉えるか。

八十六段で,三井寺の法師の話があります。三井寺は園城寺ともいう,高名なお寺。三井寺の法師は,特別に「寺法師」と呼ばれていました。ブランドだったんです。お寺が火事で燃え落ちます。寺法師たちはとても傷つきます。それに対して,ある貴族が「寺がなくなったから,今日からきみたち寺法師は『法師』だ」というのです。

これを言われた寺法師たちは,⁠あ,そうだ。自分は寺法師である前に,仏道の法師であった」と思い出したのではないでしょうか。⁠法師であることは何も変わっていないじゃないか」と。

兼好は「こういうふうに捉えることもできるね」という解釈を柔軟に示してくれるんです。あー,この話,山一證券がつぶれてしまったあとの社員さんに読ませてあげたかったですね。⁠会社がつぶれてしまってショックなのはわかる,でもあなたたちは金融のスペシャリストとして,価値は変わらないよ」と。

沢渡:いままさに「企業で終身雇用が継続できるかどうか」が話題になっていますが,その人が何者かを名づけしてあげると,何の専門家なのか説明しやすく/されやすくなり,変化の中でも強く生きられるようになりますね。

700年受け継がれてきた情熱をぜひ見てほしい

沢渡:『徒然草』のいいところって,そんなに難しくなくて,気軽に読めることだと思うんですよね。⁠古典はハードルが高そう……」という人でも,肩の力を抜いてまずは読んでほしいです。対訳で読んでもいいわけですし。

私はIT業界が長いですが,ITシステム開発のプロジェクトや運用の現場って,結局人間のドロドロした闇の部分が見えるのです。⁠要件伝えたよね?」⁠お金払っているんだから,このくらいやってよ!」⁠そのような認識はないです」とか。プロジェクトが火を吹けば吹くほど,みなどんどんワガママになる。いわば,人間の汚い部分が見えてくる。その意味で,キレイごとや正論じみた説教を並べ立てるのではなく,昔から続く人間くささとその向き合い方を教えてくれる『徒然草』は,まちがいなく仕事に役に立ちます。

吉田:沢渡さんが「⁠徒然草』はツイッターの元祖」とおっしゃっていましたが,その文脈でいうと,古典はものすごくリツイートされてきたツイートなんですよね。700年リツイートされてきた。しかも,ツイッターだとワンプッシュでリツイートできますが,当時はほかの人に拡散しようと思ったら,写本を作らなくてはいけない。まるまる文章を書き写さないと,コピーできない。リツイートに3日もかかる(笑)⁠逆にいうと,それだけの熱意をもって残し,広めてきたわけです。そんな「広げていきたい」という熱意によって700年語り継がれてきたものには,やっぱり信頼性があると思うんですよね。

「古典だから」というと権威を押し付けているかのようで,その理由だけでは『徒然草』を推したくないんです。でも,⁠700年リツイートされてきた情熱には触れてみて」と。そういえば,⁠曾根崎心中』などを書いた江戸時代の近松門左衛門も,若いころは徒然草を教える講師でしたね。

沢渡:いまでいう「エヴァンジェリスト」ってやつですね。

吉田:きっと,江戸時代の上方ならではのやり方で『徒然草』を教えていたんでしょうね。

沢渡:その意味で,私は「抹茶ソフトクリーム」に真理があると思ってるんです。抹茶って,古典ですよね。まさに昔から続いている伝統。そこにソフトクリームというアレンジを加えたことで,小さな子どもや外国人観光客も口にするようになった。抹茶ソフトクリームを入口に,やがて抹茶そのものに興味を持つ人も少なくない。私にはスウェーデン人の友達がいますが,まさに日本に出張した時に体験したソフトクリームから抹茶に入って,いまでは抹茶セットをそろえて自宅に野点のコーナーを作ってしまった! 抹茶ソフトクリームがなければ,彼は抹茶に興味を持つことすらなかったでしょう。

「抹茶ソフトクリーム」のようなアレンジができるかが,古典にとって,いや古典だけではなくあらゆる難しいマネジメントフレームワークや,技術にとっても大事だと思うんです。今回,我々も「いまを生きるビジネスパーソン向けに読みやすいように」という思いで試行錯誤しましたが,その時代時代の人に寄り添って読みやすくアレンジするのは,大事な文化継承活動なのではないかと。

「答え」「問い」もたくさん書いてあるのが徒然草の魅力

沢渡:私が徒然草で好きなのは,五十二段ですね。仁和寺の法師。⁠慢心せずに,その道の専門家に学ばないとね」と。

ちょうどこの作品を書いている時に,似たような体験をしたのです。私はメインクライアントが静岡の遠州地域にあり,頻繁に東京の自宅と行き来しています。クルマで出張しているため,時間があるとたびたび寄り道をするのですが,袋井市の油山寺もそのひとつ。

ある時,クライアントさんに「今日は油山寺に寄ってきました」と話をしたら,⁠ああ,あの三重の塔は見事だよね」と返ってきた。私はポカンとなったのです。三重の塔など見たことがない。もう5年間も通っていて見たことがないのだから,まちがいない。きっと,クライアントさんはほかのお寺と勘違いしているのではないかと思いました。ところが,最近になって,再び油山寺を訪れた時,ふとお堂の横に獣道みたいな小径(こみち)があることに気づいたのですね。で,なんとなく奥に行ってみたら,なんとそこに三重の塔があるではないですか! 5年も通っていて気づかなかった。やはり,地元のわかっている人にきちんと話を聞かないとダメだと実感しました。一番有名にして世の中の本質を突いているのが,この五十二段ではないかと思います。

吉田:私は九十七段。⁠あるものにとりついて,そのものをダメにしてしまうもの」の話です。たとえば,体にしらみ,家にねずみ。これだけなら単に「あるあるネタ」なのですが,この後「君子に,仁義あり」⁠最後に「僧に,法あり」と続くんです。仁義は道徳ですし,法は僧侶の戒律。どちらも大事でいいものです。なんで,仁義や法があるとダメになってしまうんだろう,と不思議な感じがします。

でも,たしかに考えてみると,立派な人格者には,自分がいいと思う道にこだわるあまり,バランスがとれなくなる例もあるな,と。

たとえば,ある会社の創業者が,自分がガムシャラに働いてきて,会社を大きくしたとする。すると,⁠猛烈に働くことこそすばらしい」と信じ,社員にも「ガムシャラに働こう」と言うわけです。よかれと思ってね。でも,社員からすれば,⁠ブラックだ」ということになる(苦笑)⁠こうしてよく考えてみると,九十七段から,⁠道徳や戒律にとらわれすぎるとダメになる」という深い教訓を得られます。

現代の広告コピーで,⁠成績を上げたいなら塾に行ってはいけない」などと,意外性で惹きつけるものがありますよね。兼好さんには,そういうコピーライター的な面があります。あえて,極端な言い方や,一読では呑み込めない言い方をしている段が多くて。どこかひっかかる。私たちに考えさせる。徒然草は,⁠答え」もたくさん書いてあるのですが,⁠問い」もたくさん書いてある本だと思うんです。

沢渡:お寺に掲げてある,お言葉(訓示)も問いですよね。

吉田:あと,お気に入りは三十九段。法然さんのエピソードですが,⁠念仏をちゃんと唱えないといけないのに,眠くなる。どうしたら?」という悩みに,⁠だったら,起きている間に念仏を唱えればいいんだよ」と。

沢渡:とんちみたいな(笑)⁠

吉田:「がんばりたいんですが,どうもやる気が出ない。どうしたら?」という時に「やる気のある時だけやればいいんだよ」と言われるということですからね。脱力系。許される感じでね,癒されます。

「自分を映す鏡」「モヤモヤ解消のヒント」として末永く

沢渡:最後に,この本の楽しみ方について少しご提案できればと。

吉田:『徒然草』って,多面体なんですよね。いろんなことを言っている。気に入るところも,気に入らないところもある。しかも,それが読むたびに違うんですよね。昔ピンとこなかったところでも,読む直したら「あれ,おもしろいじゃないか」となったり。いわば⁠自分の鏡⁠として,今の興味を受けとめてくれるところがあると思うんです。だから,節目節目のいろいろなタイミングで徒然草を読んでもらえるといいのかなと思います。

沢渡:年齢によっても,響く段が違ってきますしね。この本を片手に,もう1回読み直してみるのもいいと思います。

吉田:はじめての方は,最初から読んで,付箋を貼っていく感じで「自分のお気に入りはどこかな?」と読んでもらえればいいんじゃないかと思います。段によって話題が全然違うので,ピンとこなければ軽く流して,ピンときたら原文まで音読してみるとか,重みづけの差をつけていくほうが,挫折せずに読めると思います。

2回目以降に読む時は,前に付箋を貼ったお気に入りの段だけ読むと効率がいいです。でも,時間があれば,あえて付箋を貼っていない段だけ読んで,今の自分にフィットする段を探すのもおもしろいです。

沢渡:『徒然草』に出てくる場所の「聖地巡り」をしてみるのもおもしろいかもしれませんね。仁和寺,石清水八幡宮,あだしの念仏寺,来栖野……など。私,ツアーを企画しようかしら(笑)⁠

吉田:今回の本の「あるある」な例のところを,自分バージョンで書いてみるのもいいかもしれません。⁠自分の会社に置き換えるとこういう感じ」と。

沢渡:世の中の不安や不満の大半は「モヤモヤ」なんですよね。⁠徒然草』の各段に,⁠ここまで悩まなくていいんだ」というヒントがあるので,それを道しるべに,モヤモヤを言語化していくと,楽しく読めるし,みなさんの生活も豊かになると思います。

著者プロフィール

沢渡あまね(さわたりあまね)

1975年生まれ。あまねキャリア工房代表。株式会社なないろのはな取締役。業務改善・オフィスコミュニケーション改善士。
日産自動車,NTTデータ,大手製薬会社などを経て(経験職種は情報システム,ネットワークソリューション事業部,広報など),2014年秋より現業。複数の企業で働き方改革,組織活性,インターナルコミュニケーション活性の企画運営支援・講演・執筆などを行う。NTTデータでは,ITサービスマネージャーとして社内外のサービスデスクやヘルプデスクの立ち上げ・運用・改善やビジネスプロセスアウトソーシングも手がける。
著書に『職場の問題地図』『仕事の問題地図』『働き方の問題地図』『システムの問題地図』『マネージャーの問題地図』『職場の問題かるた』『業務デザインの発想法』『仕事ごっこ』(技術評論社),『新人ガールITIL使って業務プロセス改善します!』『運用☆ちゃんと学ぶ システム運用の基本』(C&R研究所)などがある。趣味はダムめぐり。
好きな徒然草の段は,第五十二段。

ホームページ:http://amane-career.com/
Twitter:@amane_sawatari
Facebook:https://www.facebook.com/amane.sawatari
メール:info@amane-career.com


吉田裕子(よしだゆうこ)

1985年生まれ。国語講師。東京大学教養学部超域文化科学科を卒業後,大手学習塾や私立高校で講師経験を積み,現在は都内の大学受験塾で現代文・古文・漢文を教えるほか,企業研修にも登壇し,文章力や言葉遣い,リベラルアーツ・教養としての古典文学を指導している。カルチャースクールや公民館での講座では,6歳から90代まで幅広い世代から支持される。
NHK Eテレ「ニューベンゼミ」など,テレビやラジオ,雑誌でも幅広く活躍中。著書に『心の羅針盤をつくる 「徒然草」兼好が教える人生の流儀』(徳間書店),『イラストでわかる超訳百人一首』(KADOKAWA),『大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版),『たった一言で印象が変わる大人の日本語100』(ちくま新書)など多数。
趣味は和の習い事と通信制大学での学習(現在は三つめの通信制,武蔵野美術大学で日本画を学んでいる)。
好きな徒然草の段は,第三十九段。

ホームページ:https://yukoyoshidateacher.jimdo.com/
Twitter:@infinity0105

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