インタビュー

Wave Computing(MIPS)とEsperanto Technologies(RISC-V)への取材を通して見た,オープンソースプロセッサというムーブメント

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RISC-VとEsperanto Technologies

ここ何年かのプロセッサのオープン化の動きはかつて見たことが無いほど活発ですが,それを強く牽引している要素の1つが RISC-V(ファイブ)であるのは間違いありません。RISC-Vはオープンなプロセッサを作ることを目的とした活動で,先に取り上げたMIPSプロジェクトと同様,1980年代に研究プロジェクトとして始まりました。その第5世代めの設計がRISC-Vというわけです。

そしてソフトウェアの重みが増したプロセッサ関連技術の蓄積と,現在の市場の状況がクロスして,RISC-Vはいま多くの企業とコミュニティの人たちを集めながら次々と新しい製品や応用がリリースされています。

このRISC-Vベースのプロセッサを開発している主要なスタートアップの1つに,Esperanto Technologiesがあります。起業したのはDave Ditzel氏です。 Crusoeプロセッサなどを作ったTransmeta社を起業した著名なプロセッサ技術者・経営者です。

筆者は2004年にTransmetaでDitzel氏を取材したことがあり※5)⁠それ以来何度か会っています。今回の訪米でも(Wave Computing 取材の前日に!)再びDitzel氏に取材する幸運を得ました。

まずEsperanto社の現状を伺いました。

Dave Ditzel氏。Esperanto社入口ロゴタイトル前にて

Dave Ditzel氏。Esperanto社入口ロゴタイトル前にて


Dave:EsperantoはRISC-Vで最大のスタートアップカンパニーになりました。100人以上の従業員がいます。ここ,マウンテンビューの他にオレゴンのポートランド,テキサスのオースティン,そして大きなエンジニアリング拠点がスペインのバルセロナにあります。またセルビアにも拠点を開きました。

筆者:なぜセルビアなのですか?

Dave:そこには多くの電子工学の技術者がいて,我々が必要としている特別なスキルを持っているのです。日本にも拡大しつつあります。今2人いますよ。⁠はい,知っています)日本の企業では,過去に(Transmeta時代の)顧客だったところから「RISC-Vどうなの?」と聞かれて,今,話をしています。内容は話せませんが,しかしあなたも知っているような大企業がRISC-VについてEsperantoと話をしていますよ。

※5)
「すべてのものを小さく,うまく」⁠ David Ditzel (TRANSMETA) インタビュー(⁠Software Design』2004年5月号,安田豊)

オープンな場への貢献と,独自の選択

Esperanto社が開発しているAIプロセッサは高性能RISC-VコアであるET-Maxionを16個,並列演算のための小型RISC-VコアであるET-Minionを4,096個内包する大型のマルチコアCPUです。


筆者:MaxionとMinionはオープンになるのでしょうか?

Dave:おそらくはじめはオープンソースにはならないと思います。RISC-Vでは(必ずしも全部オープンになるわけではなく)一部はオープンソースになるし,一部はそうではないのです。

シンプルなプロセッサはオープンにするのが容易です。他の人がモディファイする事も容易です。だからローエンドプロセッサの領域でそうした努力を多く見る事ができるし,RISC-Vはその領域で極めてうまくいっている。

一方で,より高い性能を求めて開発すると,それにはコストが掛かるのですが,Esperantoはとても複雑な,最高性能のプロセッサとしてMaxionを開発しています。

筆者:なるほど。ところで(小規模コアである)Minionはベクタプロセッサで,このベクタ拡張命令ワーキンググループのco-チェアをEsperantoの人※6がやっていますね。

Dave:ええ。しかしまだベクタ(SIMD)の命令仕様は固まっていません。

筆者:それはシリコンを作るのには難しい状況では……。

Dave:そう。だから我々はEsperanto自身の選択で作りつつあり,後で標準の仕様がどうなるかを見ることにしています。これはRISC-Vの1つ良いところでもあります。つまりイノベーションに関して,あなたがやりたいことがあれば何だってできる,ってことです。

だから我々は標準的なベクタの仕様について人々と協力しながら,Esperanto自身は強く AIに特化したことをやっているんです。違いは少しだけですが。

筆者:なるほど。拡張に対する自由度はRISC-Vに関する良いことの1つですからね。

Dave:我々の製品はそろそろ準備が整いつつある(ready)のですが,何しろEsperantoはシークレットな企業なので(笑)⁠それが製品化されることが確実になったときまでオフィシャルなアナウンスメントはしないんです。

それまでは我々が何かを変更しても誰も知ることがない(筆者註:困らない,知らないで済む,ということか)ですからね。

筆者:秘密って言われますけど,社名(タイトル)をストリートの前に出しましたよね!

Dave:ああ,今ハイヤリングしてるんですよ(笑)

筆者:(去年訪問した)前のオフィスはタイトルも何もありませんでしたからね。

Dave:ええ,ありませんでした。最初は100%シークレットで,少しずつ表に出てきています。

カンファレンスに出たりして,人々の前で「我々はRISC-Vをやっている,AIをやっている」と言うようになりました。


Esperanto社はコミュニティと協働して,RISC-Vそのものとともに成長しています。その姿を見ていると,このオープンなプロセッサ開発モデルがうまく機能していることが実感できます。

※6)
Roger Espasa。Esperanto社のChief Architectです。

おわりに

筆者はオープンソースプロセッサの成功は,人々がそこに素早く集まってくるかどうかに掛かっていると考えています。1993年あたりのLinux草創期のことを思い出します。当時Linuxに対して多くの人々が懐疑的でした。たしかに動くよね,でもデータベースどうするの? その他の商用ソフト(CADとか)とかどうするの? この小さなLinuxシステムで実応用に足りる?と。しかし,結局多くの人がコミュニティに続々と集まり,努力して,最終的にはすべてのソフトウェアがLinux世界に飛び込んでこざるを得なくなりました。

どんどんとソフト開発に近づいているハード開発の様子を見ていると,かつてのオープンソースソフトウェアの草創期のように,オープンソースプロセッサにも続々と人が集まってきて,短い時間でどんどん強いパワーを放射するようになると思えます。逆にそうした人の流れを呼び込むためには,プロセッサをオープンにするのは必須・必然のことなのだ,とも言えます。

今,オープンソースとコミュニティのエンスージアズムの渦の中で多くのものごとが起きています。これに抗うと,長期的に競争力が失われてしまうことをオープンソースソフトウェアの歴史が示しています。

Artが言うように「我々はオープンソースソフトウェアから学べる」のです。


最後に,2019年9月30日に日立製作所 日立馬場記念ホール(東京・国分寺)にて「RISC-V Day Tokyo 2019」が開催されます。オープンなプロセッサに関心をお持ちの方はぜひ足をお運びください。参加方法など,詳細は下記URLをご覧ください。

RISC-V Day Tokyo 2019
https://riscv-association.jp/riscv-day-tokyo-2019/

コラム:相次ぐCPUオープン化の動き

ところで,Artは2018年の11月までEsperanto社でDaveと一緒に働いていました。それから1年後,Artはオープン化を含めたMIPS事業の舵切りのためにWaveに移ったわけです。それだけでなく彼らは度々一緒に仕事をしています。

  • Art:過去にSunで一緒に働いていました。DaveはSPARC Technology BusinessのCTOでVP Marketingでした。そこで,OpenSPARC Processorをローンチしました(UltraSPARC開発の時代,1995年前後です)⁠

    そこからDaveはTransmetaを起業し,しばらくして私をTransmetaに呼び,私は二世代目のEfficeonプロセッサをローンチしました。Transmetaには素晴らしい人達がいました。それから皆あちこちに散りましたが,またこうやって集まって一緒に働いています。これがシリコンバレーネットワークの美しさだと思いますね。

Artはまた2009年から2011年にMIPSでも働いていました。

  • Art:MIPS で働くのも二度目なのですが,実は前にMIPSで働いていた10年前にもオープン化をやりたかったのです。⁠そうなんですか!)どうしたらMIPSをオープンにできるだろうか? それでクリエティブにできるだろうか? と,たくさん議論しました。そのときは「仕方ない,今はリスキー過ぎる」と結論してあきらめたのです。なにしろ当時は公開企業でしたからね。しかしプライベートカンパニー(Wave社のこと)ならもっと簡単にそれができる,ということです。⁠なるほど)

キーパーソンが新しい企業に移り,そこでコミュニティを含めたオープンな活動に貢献しながら,その企業自体を変えていく。これもまた,オープンソースソフトウェアが立ち上がっていく過程で見た光景の1つです。

2018年4月 Esperanto社訪問時に撮影。左から笠原栄二氏,Dave Ditzel氏,Art Swift氏。Daveへの取材でしたがArtも同席しました

2018年4月 Esperanto社訪問時に撮影。左から笠原栄二氏,Dave Ditzel氏,Art Swift氏。Daveへの取材でしたがArtも同席しました

著者プロフィール

安田豊(やすだゆたか)

京都産業大学コンピュータ理工学部所属。KOF(関西オープンフォーラム)やiPhoneプログラミング勉強会などのコミュニティ活動にも参加。京都の紫野で育ち,いまは岩倉在住。せっかく復帰させたCBX 400Fに乗る機会がなく残念な日々を過ごしている。

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